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2025.11.07
著名な皆様からのメッセージ(5)
それいゆ(油絵作家)

何かに出会う予感がした散歩中、電車でお気に入りの景色を通過するタイミング、フレネシさんの曲を再生することは私にとって日常でもあり特別でもあり、ずっと、心臓を開けたらフレネシがいるように過ごして参りました。活動再開とってもうれしいです!
それいゆちゃん!楽曲提供のオファーくださってありがとう!「仮想過去」のような曲を…と具体的にリクエストをいただき、まだ10代半ばの少女にはともすれば似つかわしくないような世界に向くその好奇心を「アナクロ少女」というタイトルの楽曲で表現いたしました。それが驚くほど見事にハマり、ステージを拝見した折には「アナクロ少女が、そこにいる~~~~」なんて嬉しくなりました。
美大では油絵を先行しているそれいゆちゃん。ギャラリーでの個展には2回お邪魔しましたが、すでに作風が確立されていて、描きたいものが明確にあるのがまぶしかったです。音楽であれ油絵であれ、それいゆちゃんの内面がどのようにこの先描かれていくのか、とても楽しみです。(フレネシ)
佐藤望(音楽プロデューサー/カメラ=万年筆)

可愛さ遍在少し毒。渋谷系とかフレンチなんて薄いラベルをセンスで剥ぎ取るストレンジな存在感。十余年の不在で溜まったファンの期待がインフレイションを起こした先に、ふらっとぷらっと戻ってくる。フレネシ再来、キュプラな歓喜。
佐藤望さん!9年ぶりの婦人倶楽部のアルバムリリース、おめでとうございます!まさか時を同じくして復活の瞬間を目にすることになるとは!TLが日ごとにオレンジ色のジャケットで賑わい、前後して復活宣言を出したばかりの私にとってもうれしいニュースでした。復活といえば、北園みなみさんも今年、10年ぶりのアルバムをリリースされていますが、2025年って何かあるのでしょうか?
近年は渋谷系の系譜で括られがちなフレネシですが、これまでラベルがあるようでなかった私には、むしろちょうどよかったのかもしれないです。ひとりぼっちでいるより多くの耳に届くシステムとして機能する宇宙船のようなものならば、乗せてもらえたその船に燃料をくべる一メンバーになれれば幸いです。が、異質であればあるほど、舵は取らせてもらえないものかもしれないですね。
いつしか一人軌道を外れて、何百年かに一度訪れる彗星のごとく、休眠と再始動を繰り返す10年周期の新ジャンルでも開拓し、北園さんも含め共に乗り合わせてみるのも面白かったりして…(起きたばかりなのにもう休眠の話してる私であった)(フレネシ)
たかたけし(漫画家)

音楽活動再開ありがとうございます。本当に嬉しいです。
週刊連載を1人で描いていて疲れ切っていた頃、休憩で公園に行き、ベンチに座って缶コーヒーを飲みながら、ひたすら人の生活を眺めるということをしていました。それさえもできなくなった時フレネシさんの『SillyJoke』という曲を繰り返し聴いてました。英詞でブックレットに歌詞も載っていなかったので、未だに断片的にしか意味をわかってないですけど。
昔文学フリマという即売会に友達数人と出店した時、お客さんとして華やかなワンピース姿のフレネシさんが現れ、差し入れで箱に入ったメロン1玉をいただき、少し浮世離れしたかわいらしさにみんな魅了されていました。
『風立ちぬ』の菜穂子のような佇まいで、森羅万象を宇宙に広がる小声で唄う姿をまた見れるかも知れないとワクワクしています。が、無理せず楽しく音楽活動をしていただけたらそれだけで嬉しいです。
たかさん!たかさんって呼んでもいいですか?まだたかたけしさんではなくたかさんだったけつカラ時代から、私はたかさんの漫画が大好きで…「なし水」などの同人誌を買いに文学フリマに伺いましたよね。いわばそれは天才集団に会いに行ける絶好のチャンスで、皆さんのこと、遠巻きにアベンジャーズのようだと感じていました。
私の曲に癒されたといってくださるたかさんの漫画に、私も癒されたものです。悲しみや痛みはとげではなくおかしさをまとい、それがやさしく響いて、浄化作用をもたらすようにも感じました。たちんぼの話、特に好きでした。
メロンのエピソードは恐れ多くも全く思い出せず…メロン一玉をどう分けるかまで、私ときたら考えてなかったのでしょうね。(フレネシ)
ショック太郎 (無果汁団)

フレネシさんが音楽活動を再開したことは驚きましたが、そんなに長く休んでいたことにも驚いてしまいました。キュプラの前からライブをピアノでサポートをしていたわたしですが、それらはいつしかフレネシ学園と呼ばれるようになりました。
卒業式の後、フレネシさんがそこにいなくなっても、残してくれた音楽や文化は新たな世代にも受け継がれ、フレネシ学園そのものは形を変えて続いていたような気もするんです。
ご安心あれ。これからはあなたもわたしも後追いのファンも、フレネシさんの音楽活動のリアルタイムの体験者になれるのです。
ショックさん!出会いはかれこれ17年ほど前?でしょうか。出会いは同時収録されたコンピ。音源聴いてblue marbleの大ファンになり、どうしてもライブが見たくて、自分の出演するイベントにお誘いしたところ、ついに念願叶って…。後にも先にも一度だけとなるオオノマサエさんボーカルのライブを共演という形で体験することができ、贅沢な時間だったなあと改めて思います。
そこからフレネシのサポートをしていただくこととなり、レコーディングやライブでは数々の名フレーズを頂戴しているわけですが、ショックさんはもはやフレネシサウンドには欠かせない存在。2025年バージョンのフレネシは新たなオファーも考えていますが、追々またご相談させてくださいませ。
それにしても、私の休眠中に良質の音楽をどれだけ作ってるんですか!リリースのスピード早すぎて全然追いつけないじゃないですか!ショックさんはインプット量もアウトプット量も桁違いで、そのすごさをこの文字数では言語化できないほど、すごい人なんです。(フレネシ)
ウチタカヒデ(WebVANDA編集人)

「お帰りなさい、お嬢」
フレネシさんとの出会いは20年前に遡ります。私がコンピレーションアルバム『Easy Living Vol.1』を監修した際、収録候補曲として、共同プロデューサーのthe Sweet Onions近藤健太郎君から、フレネシさんの「Nero」のデモ音源を聴かせてもらい、その比類なき個性に驚きました。
『Easy Living』は、Cherry Red Recordsの『Pillows & Prayers』やLes Disques Du Crépusculeの『From Brussels With Love』を目指していたので、この個性をどう融和させていけばよいのか悩みました。
結果的に「Nero」の持つ、エスプリの効いた歌詞やボサノヴァ・フィールのコード進行とグルーヴ、そして唯一無二なウィスパーボイスにより、このコンピレーションアルバムにスペシャルなギフトを与えてくれました。
その後のソロ・アーティストとしての目覚ましい活躍は説明不明でしょう。才能を眠らせることなく、音楽活動に復帰してくれたことに祝杯を上げたいです。
ウチさん!私があの世で休眠してる間も、ずっとずっとアーティスト集団の忘年会にお誘いくださってありがたかったです。おかげさまで、もはや何者でもないような日常を送っていても、年末だけはほんの少しアーティストな気分を味わうことができていたと思います。
何も生み出せないことに申し訳なさを感じつつも、年に一つの手土産くらいは持っていけたらこの所在なさは解消されるのに…なんて思い続けて早11年。今年こそ、ようやく参加の資格を得たような気がします。
音楽的な知識があまりないにも関わらず、アーティストの語り部として、ウチさんが管理する「WebVANDA」上でインタビューを受ける機会も何度かいただけたこともうれしかったです。あるがままの私の思考が駄々洩れなレスポンスも、面白がっていただけて光栄でした。(フレネシ)
