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COLUMN

2025.11.15

「ネシ子が会う」Lamp(第十七回)(2018/6/19 公開)

こんにちは。フレネシです。

皆さんはもう、Lampの新作をお聴きになったでしょうか。

Lamp 「Fantasy」


聴いた瞬間にロッサーナ・カザーレの初期の音源「Destino」や「La via dei misteri」が髣髴され、これまでのLampとは違う何かを感じた、今作「彼女の時計」。

ロッサーナ・カザーレはイタリアの女性シンガーですが、彼女の作品に限らず、私が大学時代(安いのをいいことに)80sポップスにハマって買い漁った、異国の、何語とも分からぬままに繰り返し聞いたさまざまなアルバムが頭を巡りました。


「ラブレター」のエレピのキラキラした音色や、「スローモーション」のシンセベース、「夜会にて」からそこはかとなく感じる「ロマンティックあげるよ」的な空気感…。

アルバム全体からにおい立つような、別次元のノスタルジー。それは「さちこ」から地続きではあるけれど、私の知っているLampとは確実に違うようでもありました。

実はLampとは、活動開始時期や音楽的な界隈がそれほど遠くないにも関わらず、これまでほぼ接点もなく、私にとっても、ヴェールに包まれた存在だったのです。そこで、思い切ってインタビューを打診してみることに…。

● Lampに会いに行く ●

待ち合わせ場所は、都内某所のたんぽぽハウス。たんぽぽハウスは一度行ってみたかった古着屋で、都内(主に東側)にも何店舗かあるのですが、聞くところによればLampの香保里さん、永井さん行きつけのお店でもあるのだとか。

先に着いた私は、服をあれこれ物色するも、特にこれといったモノを見つけられず…。少し遅れて現れた3人のうち、香保里さん、永井さんはほとんど迷うことなく、好みのアイテムを見つけていました。

何だろう、初めて来た古本屋でどこに何があるのか分からなくて、背表紙のタイトルをただ眺めているようなこの感じ…。

唯一「これだ」と思ったのが、プチバトーの子供用の帽子。お値段なんと105円!息子の頭のサイズには合わず、購入を断念しましたが。

● Lampにインタビュー ● 

■ 「1998」は1998年のこと?

―――フレネシ(以下フ):MVが公開された「1998」、これは1998年の出来事が関係しているのですか?

Lamp「1998」

実際の1998年のことを歌っているということではないのですが、「1998」という文字列からインスピレーションを受けて書いているため、間接的には関係している、ともいえます。具体的に1998年に何かがあったというわけではないです。

香保里(以下香):『ゆめ』をリリースした時の特典音源に「雨、降り続く雨」という楽曲があるんですが、そこで「古いダイアリー 1984年 わたし淋しくて…」と年代を入れたら、歌詞に立体感が生まれたような気がして。そこに何かがあったわけではないんだけれども、いい感触を得たので「ブルー」でも年代を入れました。

永:ユーミンの「Corvett 1954」にも「1954」という歌詞があるね。

―――フ:西暦を髣髴させる数字を入れることで具体性が生まれて、聞き手にとって特別な意味が生まれそうですね。

永:98年に生まれた人が「生まれた年でうれしい」と反応していたりして…。それは僕の意図するところでも全くないんですけれど、その人が受け取って感じたことなので、よかったなと。

染谷(以下染):スマパン(The Smashing Pumpkins)の「1979」って曲を聞いて、それは、僕の生まれた年なんですけど…

香:でも「生まれた年」っていうのはロマンチックじゃないよね。

染:うん、ロマンチックじゃないんだけど、僕は、あの曲の世界観というのは、郊外のアメリカのティーンエイジャーが夜、街へ繰り出しているような、音からそんな勝手な想像をしながら聞いていて。歌詞も全く知らず、聞いている感触だけでイメージしていて。

香:ステキな場所とステキな時間が想像できる…

―――フ:生まれた年というのは、やはり誰にとっても特別だと思います。私の大好きな絵本になかえよしを先生と上野紀子先生の「まどべのおきゃくさま」という作品があって、初版が自分の生まれ年で…小1のときに図書館で出会って以来、主人公を自分と同一視してしまうくらいに魅力に取り付かれていました。

■ 1998年は何をしていた?

―――フ:1998年は、何をしていましたか?

香:音楽を聴き始めたくらいじゃないですかね。その頃ソフトロックとかが流行っていて、御茶ノ水のジャニスに、ときどき借りに行ったりしていました。

当時は、昼夜逆転しているような生活で…。60年代のアングラ映画のオールナイト上映を観に行ったりしていました。とても混んでいて、椅子もないような場所に直接座っても平気で。

―――フ:ミニシアター、私も良く通っていました。ヌーヴェルヴァーグ作品のポストカードとか、集めたりしていませんでしたか?

香:ポストカードにはあんまり魅力を感じなくて、集めたことはないですね。柏に雑貨屋があって、一時期通ってその手の雑貨を集めたりしたんですが「これ意味ないな…」と途中で気付いて収拾をやめました。

あとは古着とか。たんぽぽハウスも好きですけれど、その頃は高円寺の古着屋によく行っていて。

―――フ:たんぽぽハウスで香保里さんが掘り当てたワンピース、すごくかわいかったです。私は今日お店に少し早く着いて、同じラックを見ていたはずなんですが、どこにあったんだろう、あのカワイイワンピースは…。掘り当てられませんでした。目利きですよね。

香:たんぽぽハウスって、棚にギチギチに入っていて、あまり探しやすくはないですよね。なので、表面をさーっと撫でて手触りで当たりを付けて、柄が気に入れば手に取る…という感じで商品を選んでいます。

―――フ:その処理スピードって、レコードショップでプロのバイヤーがサクサクするのと似ていますよね。

香:好みはその頃からあまり変わっていないかもしれないですね。ずっと愛情を持っているものあるし、冷めてしまったものもあるんですけど。今はもう冷めてしまったんですが、当時はGSとか好きで。

―――フ:意外ですね。いや、近いといえば近いのか…。

香:最近「すばらしか」というバンドを聴いていて、あの頃の気持ちがよみがえってきています。

―――フ:GSバンドですか?

香:いえ、違うんですけど、日本の古い音楽のいい雰囲気があって、自分が学生だった頃に憧れていた自由な世界観みたいなのが、そこに入っている気がするんですよ。

すばらしか 1stフル・アルバム『二枚目』ティーザー



―――フ:永井さんはいかがですか?

永:僕と染谷先輩の出会いは、高校のフォークソング同好会で。高校1年、2年のときはずっと一緒にいたんですけど、98年には先輩が大学に行っちゃったんで…。

―――フ:お二人の出会いのエピソード、もう少し伺ってもいいですか?

永:染谷先輩との会話で印象的だったのが「僕は(ギターの)テクニックはあまりないけど、コード進行には自信がある」という言葉で。

―――フ:それって、後のLampの音楽性に通じていますよね。高校生くらいって誰もが一番技巧に走りがちな年頃だと思うんですが、そうじゃなかったんですね、染谷先輩は。周りに流されていないというか。

染:ギタリストだった父がジミヘンなどが好きなロックやブルースの人だったので、その反発もあったかもしれません。3コードくらいでずっと演奏し続けるような音楽で、僕は全く魅力を感じなくて。

―――フ:私も当時鍵盤楽器を習っていたんですが、上手くなりたいという欲は15歳をピークになくなっていきました。最終的に、楽曲をいかにコンパクトにして、ワンコードのソロ回しみたいな無駄な展開を省いていくか…というところに行き着きましたが、考え方としては染谷さんに近いかもしれないです。

ところで、高校のときから、二人はそんなに雰囲気がおありだったんでしょうか。こうしてお話していても、現世に生きていないというか、浮世離れしているような空気感がものすごくて。

染:高校のときは制服だったんで普通の高校生でした。大学に行ってから私服になって、髪を伸ばしたりして…そこからはあまり変わっていないですね。

高校生の頃はバンドをやっていたんですが、98年の大学1年の頃は、ちょうど何もしていない空白の期間でした。2年生の冬からまた音楽を始めるんですけれど、それまではひたすら音楽を聴いて過ごしていました。

あんまり人とも交流しなかった期間で、特定の友達と…その友達というのは、今月17日にHMVでトークイベントをやった、大学時代の友人の山本君なんですけど。

彼は音楽好きが講じて、HMVでバイトするようになり、今は社員として本部でジャズを担当しています。その友人からいろいろ教えてもらって、熱心に音楽を聴くようになったのが、ちょうど大学1年の98年でした。

それまで僕は、極端に言えば60年代はビートルズとか、サイモン&ガーファンクルくらいしか知らなかったんですけれど、ロジャニコ(Roger Nichols & The Small Circle of Friends)やジョアン・ジルベルトなんかを知るきっかけになって。ブラジル音楽とか、ソウルとか、AORとか、色んなものを聴きまくった1年間でした。

―――フ:その人も壇上に上がったんですね。

染:はい。彼とは本当に久々に会いましたね。Lamp結成した当初、西麻布のMAGNACYという小さなバーでLIVE&DJイベントを一緒にやっていました。

―――フ:彼は、今もDJ活動をされているんでしょうか?

染:多分DJはやっていないですが「クワイエット・コーナー」というガイド本を出したり、コンピレーションCDの選曲をしたりしてします。彼とは、十数年ぶりに一緒にイベントに出た、ということになりますね。

―――フ:同じ学内にLampのお二人と山本さんという、音楽的に濃すぎるメンバーが同時期に在籍していたことは、ほとんど「奇跡」といえますね。

■ 80年代、リアルタイムで心惹かれたものは?

―――フ:80年代、リアルタイムで心惹かれたのは、どういったものですか?

染:僕は79年生まれですから、今思い出すと、ものすごく長く感じた夏休みを、無我夢中で…小学生が小学生をやっていたというだけで、語るようなことは特になくて。当時は何も意識していなかったけれど、後になって、親が音楽をやっていたことに影響を受けていたんだな…と思うことはありますね。

永:染谷先輩の面白いエピソード、たくさんあるんですよ。話しましょうよ。椅子のヤツ。

―――フ:え、何なに?聞きたい…。

染:え~っと…小学生の3年生の頃、朝ちょっと肌寒くて、上着を毎日着ていくんだけど、教室では暑いので脱いで、それを椅子に掛けて。次の日もまた朝が肌寒くて、脱いだ上着を椅子に掛けて…というのをずっと繰り返していたら、授業参観日に、座面の上にたまった上着の上で座高がやたら高く見える生徒が一番前に座っている、座っているというか、服が積もりすぎてもうほぼ立っているような状態になってて、母親が恥ずかしそうにしてたのを覚えています。

―――フ:そうなるまでクラスの誰も突っ込まなかったのがすごいですね。後ろの生徒が真っ先に言うべきですね。毎日ちょっとずつ高さが増していくと、案外変化に気付かないものなんでしょうか。。香保里さんはいかがですか?

香:私は当時、文房具屋がすごく好きで。

永:文房具ってなんであんなに魅力的に見えたんだろうね?

香:おもちゃ屋と同じくらいワクワクしたよね。最近近所に、あの頃の文房具屋みたいな文房具屋があったんですよ。香り玉とか売っていそうな雰囲気でした。

―――フ:そのお店、今も在るなら行ってみたいです。あとでお店、教えてください。永井さんはいかがでしょうか?

永:当時、確実にハマっていたものが一つだけ…それは「キョンシー」なんですが、映画の「霊幻道士」と、その亜流として生まれた「幽幻道士」というのがあって。「幽幻道士」は、日本でも爆発的な人気を博したんですが、僕も「幽幻道士」が大好きで。

台湾に知り合いができたので、俳優の名前を知っていると話したら、すごく驚いていました。

―――フ:スイカ頭の人ってめちゃくちゃイケメンになっているんですよね。今。

永:そうです、そうです。香保里さんが、役名の「スイカ頭」を「ウォータメロンヘッド」って直訳して伝えていたのが面白かったです。

香:役者が着ていた蛍光のTシャツがすごく流行っていたんですが、私はそれを着たのがすごく早くて、みんなに「すごい」って言われたんですが、それを着てさつまいもを掘りにいったら、虫がたくさん集まってきて…とても悲しかった記憶があります。

■ 90年代、何が好きだった?

―――フ:90年代、何が好きだったか覚えていますか?

染:90年代を意識するようになったのって、後半なんですよね。音楽を聴くようになって、初めて年代というものを意識するようになって。

高校生のときにUKロックやグランジ・ロックを聴き始めて、ちょっと時代を遡ってストーン・ローゼスのファーストを聞いたり、その解説を読んだりして年代を意識するようになって。

音楽以外の文化という意味でいうと、自分がそこに関係していたという意識はあまりなかったかな。自分がそこに携わったとか、過ごしたとか、思い入れがあるとか…僕はあんまりない方かもしれないですね。

そういう意味では2010年代の今でも、ないともいえますね。

永:僕、姉がいるんですけど、当時姉が聞いていた光GENJIや、男闘呼組の曲を「すごくいいな」と思って聴いていました。楽曲を提供しているのがASKAで…今聴いても「いいな」と思います。

―――フ:そうですよね、名曲多いですもんね。

永:そのあと、これも姉の影響なんですが、どっぷりBeing系を聴いていました。染谷先輩は通っていない道だと思いますが…。

―――フ:ZARDとか?

永:どちらかというと、男性ボーカルモノが好きで。B’zが一番好きでした。

染:B’zって良さが全然分からなかった。

永:「インザライフ」っていうアルバムがあるんですけれど、それは本当に擦り切れるほど聴いていました。

染:それこそ、B’zってテクニックに走っているところあるよね。

永:そうなんだけど、当時は「テクニックが…」とか意識して聴いているわけではなくて、「このボーカルすごいな」とか。

染:でもあの人、情緒ないよね。

永:結構あるよ、稲葉さん。僕、稲葉さんのことは絶対に「稲葉さん」って呼んじゃうんだけど、ありますよ。情緒。

―――フ:私が中学生くらいのとき、クラスの女子の半分が「稲葉女子」で…。率先して、アルバムを貸してくれる布教活動家もいました。

永:僕の姉はまさにそういう感じでしたよ。かくして当時の僕は、姉によって完全にBeing色に染められていました。

そんな95年の大晦日に、ビートルズの「アンソロジー」がテレビで8時間くらい放送していたのをたまたま見て「ビートルズってかっこいいな」と思ったのが、転機です。

そこからギターを始めて、高校で染谷先輩と出会って、染谷先輩もビートルズが好きだったんで、そういうタイミングで音楽を始めました。

ビートルズに出会わなければ、僕はそのままB’z少年として、90年代後半を過ごしていた可能性はありますね。そのままTAKみたいなギターを弾いていたかもしれないです。

―――フ:そっちの平行世界も見てみたい気がします。香保里さんはいかがですか?

香:普通にテレビで流れているような音楽が好きでした。Winkとか、光GENJIとか。95年に、Hip Hopあたりが流行って、それでスチャダラとか、日本語RAPにハマり出して。

―――フ:Little bird Nationとか?

香:そうそう、MICROPHONE PAGERとか。それから、当時雑誌は「Olive」と「fine」を読んでいました。「fine」の綴じ込み付録でカセットレーベルが付いていたので、それでオリジナル選曲でテープを作ったり…。

あとは、渋谷系ですね。小山田君の声が好きで…音楽性というか、歌っている人に興味がありました。

―――フ:渋谷系、日本語RAPは私も通った道です。雑誌は「Olive」より「CUTIE」派でしたが…。

―――フ:00年代になると、もうLampとしての活動を始めていたんですよね。

染:それ以降になると、もはや時代性を明確にいえないほど、混沌としてきている気がします。

永:そうですよね、90年代くらいまでは時代の色というのがあるんですけど。

―――フ:やっぱり、90年代まではマスコミ優位でみんなが同じ方向を向いていた時代だったからかもしれないですね。00年代になってネットが台頭してくると同時に、作り手もリスナーも細分化していった印象がありますね。

■ アジアのシーンで注目しているのは?

―――フ:台湾や韓国でのツアーを行っていますが、アジアのシーンで気になるアーティストやレーベルは?

染:僕は台湾の落日飛車と韓国の公衆道徳ですね。

落日飛車「金桔希子」



公衆道徳は、自分たちのレーベルからファーストアルバムをライセンスで出したんですが、マニアックな内容にも拘わらず、めちゃくちゃ売れました。内容のあるマニアックなものってやっぱり伝わるんだなと思いました。近々セカンドも出ると思います。

そのように極稀に飛びぬけて良いアーティストはいますが、全体で見ると、やはりまだまだアジア圏では、日本が、層が厚くマニアックであるという意味で、一歩も二歩もリードしていると僕は感じます。

■ 影響を受けたアーティスト、作品は?

―――フ:今作で影響を受けたアーティスト、作品はありますか?

染:沢山ありますね。専らブラジルのアーティストで、80年代のMPBやミナス系のアルバムに影響を受けています。それを通ったことにより、ほんの一部ではありますが、同年代のアメリカやヨーロッパ、日本の音楽も聴くようになりました。

■ 今後の活動予定は?

―――フ:今後の活動予定について、教えてください。

染:今年の8月と9月にツアーがあり、11月からは作曲期間、そしてそのまま制作に入る予定です。といっても実際にどんなものが出来るか、そもそも曲がスムースに出来ていくかすら、まだ分からないので、今のところ「そのつもり」って感じです。

制作に入ると、世間的には、まさに冬眠しているような感じに映るかもしれませんが、良いものを作るべく毎日音楽のことで動いているでしょうから、次のリリースを気長に待っていてもらいたいですね。

● インタビューを終えて ●

お会いする前、染谷さんに「冬の海を背景にしたアー写がステキなので、3人で崖を見に行ったりする週末を想像していました」というお話をしたら、「いや、行かないですよ」と笑っていらっしゃいました。オープンカーでドライブしながら崖を…そんなMVのような週末が似合う3人だなあ…と実際にお会いしてもなお、思ったのでした。

インタビューの中で印象に残ったのが「ロマンチックじゃない」「情緒がない(ある)」という表現。「今の発言、すごくLampっぽい!」と思った瞬間でもありました。

物事をとらえる際、そういう視点が3人の共通認識として当たり前に存在していることが、Lampの作品の「現実味のある夢」のような「浮世離れしたリアリティ」を生み出している理由なのかもしれない…と感じたインタビューでした。

文:フレネシ
写真:ヨシナガ